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【2016年9月19日】「戦争法」廃止!憲法改悪阻止!総がかり行動in Asahikawaは600名が参加しました


「戦争法」廃止!憲法改悪阻止!総がかり行動in Asahikawa

600名の参加でした。

闘いはこれからです!
ウソとごまかしの政治は長くは続きません!

様々な違いを乗り越えてともに歩んでいきましょう!

呼びかけ団体:あさひかわ九条の会、あさひかわ東地区九条の会、あさひかわ西地域九条の会、A.F.M.A.
賛同団体:あさひかわ北西九条の会、あさひかわ春光台九条の会、平和憲法を守る末広の会、とうま9条の会、憲法をかがやかせる名寄ピース九条の会、びえい九条の会、比布九条の会、士別9条の会、東川9条の会、なくせ安保関連法制 守れ!立憲主義 東川町民の会(略称:みりか東川の会)、i女性会議旭川支部、新日本婦人の会旭川支部、旭川平和運動フォーラム、旭川労働組合総連合、生かそう憲法女性たちの集い、旭川原爆被爆者をしのぶ集い実行委員会、チーム「今だから」、平和を守りくらしに憲法を生かす会、旭川地方法律関連労働組合、旭川民主商工会、旭川平和委員会

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集会で舞台代わりだった宣伝カーをPEACE NOT WARの大きなバナーとバルーンでデコレーションしたのは、旭川の若者グループA.F.M.A.(Anti-Fascism Movement in ASAHIKAWA)です。

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18歳選挙権がスタートし、夏の参議院選挙で初めて投票した、あみちゃんがスピーチ。

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第1グループの横断幕のすぐ後ろはA.F.M.A.ドラム隊!
デモは【第1グループ】 A.F.M.A.など若者、九条の会、一般市民、【第2グループ】平和フォーラム関係団体、【第3グループ】旭労連関係団体と続きました。

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先頭はサウンドカー。DJはTheo Massivfield
そしてコールは…

戦争法はぜったい廃止
戦争放棄を誓ったはずだ
憲法守れ
いのちを守れ
自衛隊員の命を守れ
誰も殺すな
戦争したがる 政治家いらない
辺野古の海に 新基地いらない
高江の空に オスプレイいらない
生活守れ
未来を守れ
野党は共闘
安倍政権の 暴走を止めよう…

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【2016年8月15日】戦争体験談集「平和への伝言」第8集を発行します


あさひかわ西地域九条の会では、旭川近郊と旭川にゆかりのある戦争体験者から戦争体験を聞き取り、戦争体験談集「平和への伝言」にまとめる活動をしています。
戦争体験談集「平和への伝言」バックナンバー

これまでに第1集から第7集まで発行し、2016年8月15日に第8集を発行します。
平和への伝言表紙写真1から8

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ご希望の方は、下記メールアドレスまで、「平和への伝言第○集を○冊希望」と明記の上、
お送り先のご住所、お名前、電話番号を記載してお申し込み下さい。
代金(1冊400円+送料)のお支払いは、お届けの際同封する郵便振替用紙にてお願いします。
送付方法は、普通郵便、レターパック等になります。

info●asahikawa-nishi9.org(●を@に変えて送信してください)

第8集の主な記事は次の通りです。
【朝鮮人のタコ部屋、遺体遺棄を、この目で見た】・・・水上勝さん
戦時中、強制連行され、強制労働させられていた朝鮮人たちのタコ部屋をコッソリ見た。朝鮮人の死体遺棄の現場を目撃したことを公表したところ、右翼的な思想の人たちから、何度も嫌がらせの電話がかかってきたが、「死体遺棄は事実だ。私がその証人だ」と強く言うと、相手は名のりもしないで電話を切った。

【真岡で殉職した友の霊よ 安らかに】・・・水野サダ子さん
1945年8月20日に、樺太・真岡で電話交換手をしていた乙女たちが青酸カリで自殺したが、その内の1人は、私の友達。尋常高等小学校では、彼女が級長、私が副級長だった。ソ連兵からの逃避行は、文字通り命がけのものだった。私も今は91歳になったが、毎年、稚内で行われている、青酸カリで自殺した乙女たちの慰霊祭には、欠かさず参列している。

【伐採や煉瓦運びに明け暮れた抑留生活】・・・門間与吉さん
中国のチャムスへ派兵され、敗戦後、ソ連に抑留されたが、森林伐採や煉瓦積みなど、過酷な労働の日々だった。たくさんの捕虜が死んだ。ただ、その一方で、そのとき接したソ連軍・ソ連兵との比較から、日本の軍隊の規律がどれほど理不尽なものかを悟った。帰国すると、「ソ連に抑留されていた」というだけで、差別され、どこにも就職できなかった。

【戦前も戦中もクリスチャンゆえの迫害にあった】・・・江口建二さん
ウチはクリスチャンだったので、戦前も戦中も迫害され続けた。姉は、旭川庁立高女を受験することさえ出来なかった。そして、それはウチだけではなかった。もっと酷い迫害を受けたクリスチャンもいた。担任の検閲があった、旭川中学時代の日記は、「焼き捨てろ」と命令されたが、1945年の終戦間際のつぶさな記録でもあるので、私は今も保管している。

【今も目に浮かぶキューピーのような死体】・・・淀川徳さん
小学5年生まで、中国の撫順にいた。父が満洲鉄道の職員だったからだ。敗戦後、満洲東北部から避難してきた日本人でマチはあふれた。人々は飢えと寒さで次々死んだ。小学校の校庭で遊んでいると、キューピー人形が落ちているのが目に留まった。拾おうとすると、それは死んだ赤ん坊だった。鴉に腹をつつかれていた。

【2016年10月29日】全道基地問題交流集会 ジャーナリストの布施祐仁さんがお話しします。後半は北海道内各地からの基地問題に関する報告です。13:30から、おぴったにて。


全道基地問題交流集会in旭川

ジャーナリストの布施祐仁さんがお話しします。
後半は北海道内各地からの基地問題に関する報告です。
2016年10月29日13:30から
おぴった会議室1
資料代500円
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