5月15日、治安維持法による犠牲者への国家賠償法制定を求める国会請願が行われました。全国から150人が参加し、午前中の衆議院第1議員会館で行われた全体集会で「生活図画事件」の犠牲者である菱谷良一さん(旭川在住・102歳)がスピーチをしました。
当日午後、参加者がグループに分かれて各政党の議員を訪問し紹介議員の依頼を行いました。請願の内容は、①治安維持法が人道に反する悪法であったと認める。②犠牲者に謝罪し、賠償を行う。③犠牲の実態を調査しその内容を公表すること、です。
集会での菱谷さんのスピーチを紹介します
「皆さんようこそ。私の顔を覚えている方がいらっしゃると思いますが、今年、驚くなかれ102歳となりました。102歳といってもまだ口もまわるし、 まあお喋りは得意中ですから、皆さんの前で少しばかりお喋りしたいと思います。今回、この国会請願の会場で私の発言の機会を与えてくださったことを感謝します。それで、一応、日頃私の考えてる所感の一端をここで短いスピーチで皆様に伝えたいと思います。1941年に治安維持法違反という聞き慣れない法律でもって、私はまだ学生だったのが検挙された事件がありまして、治安維持法違反という罪名だったわけであります。たまたま特高刑事が(取り調べのとき)、立ち去った後で六法全書がテーブルにあったんで、パラパラっとめくって治安維持法違反という項目みたら無期懲役または死刑っていうことでびっくりしちゃって、いや、俺、これうっかりすると死刑になるのかって思った、そういう記憶があります。それで、一応メッセージを伝えますが、1941年「生活図画事件」で検挙された1人として、治安維持法違反の名の元に検挙拘束された事実に対して、その精神的肉体的な損傷に対し、何らかの賠償を実行されんことを要求するものであると。戦後80年を経た今日、何らかの公的誠意を示すのは当然ではないか。 その法の呪縛下にあった被害者の1人として、また国賠同盟の1人として要求の声をあげたい。これが現在の私の心境の一端であります。ご賛同していただくことを祈念いたします。以上。(拍手)」
絵を描いただけで逮捕され1年数ヶ月も刑務所に入れられる、そんな時代を繰り返してはなりません。秘密保護法、共謀罪、経済安保法、次々と治安立法が成立させられるなか、軍事費だけが増大する、私たちは同じ道を進もうとしていることに恐ろしさを感じます。歴史を知り、真実を見極め、声を上げる、語り伝える、私たちにできることから続けてきましょう。